ぷちぷち大戦争









 「8月10日。この日、日本は滅亡します」

テレビのニュース番組で語りだした男は、あまりにも胡散臭いおっさんだった。
ピンクのタンクトップに革ジャンを羽織った不自然な服装。
ジーンズが普通なのが救いであるが、履物は下駄だ。

「原因となるものは皆さんの身近にあるもの、そして、誰もがつぶしたことのあるものです」

真剣な表情と、キラリ輝くおでこ。
前髪が、『年』というあがらう事のできない敵のせいで全滅している。

「…驚かずに聞いてください。その原因とは、プチプチです」

…プチプチ?
俺と同じように、単語の意味がわからないニュースキャスターの困惑した顔が映し出された。

「わかりませんか?
 縦横に規則正しく並べなれた粒粒に空気がつまった緩衝材・・・
 ヒマつぶしランキングでも上位を占めるあれですよ」

ああ。一個一個指でちまちま潰していくあれね。
音がいいよね。つぶしたときの。
全く締りのない自分の能天気さは、時として周囲から浮くこともある。
だが、それも今回に限っては、ごく自然の感情の動きだった。
おっさんの緊迫感溢れる表情と、その言葉のあほらしさの決定的な差異。


「――――8月10日。あのひとつひとつの粒粒が、膨張し爆発します」

へぇ。そうなんだー。
…あまりにも、胡散臭い話だ。おそらく、幼稚園児でさえ信じないほど、できの悪い作り話。
先ほどまで真剣だった、ニュースキャスター達の顔も、いつしか呆れ顔へと変わっていた。
誰も、彼の言葉をまともに受け取ったものはいなかった。

「爆発を食い止める方法はただひとつ。爆発する前に、日本中の全プチプチを潰しきることです」

……無論、この最後の言葉も。
ADにつまみ出されていくおっさんはまだ何か喚いていたものの、カメラはすぐに切り替わった。
謹厳な表情を取り戻したニュースキャスターは、何事もなかったかのように番組を進めはじめる。
興味を失った俺も、すぐにチャンネルを変えた。








一.








突然目が覚めたのは、悪夢のせいだろうか。
視覚で時計に問いて、返ってきた答えによれば現在の時刻は午前2時。
丑三つ時。嫌なときに目が覚めたものだ。
・・・もう一度寝よう。明日も早い。
そう思ったのだが、やけに眼が冴えて眠りへと旅立つことができない。
いつもより睡眠時間はずっと短いはずであるが。

ニゲロ。ナニカイル。

本能が警鐘を鳴らしている気がする。
先ほどの夢にでてきた、『顔はとっても可愛い女の子なのに、上半身はお相撲さん、下半身はおたまじゃくし』という生物が原因か ?
ついでにその生物が、お相撲さんの腕っ節便りに逆立ちで俺を追いかけてきたときは本気で身の危険を感じた。

ハヤク、ハヤク、ニゲロ。

…そんなくだらない夢のせいじゃないかな。
全身から吹き出る冷や汗。
体内の5%以上の水分を出しちゃってるんじゃないかと思うくらいの量である。
そういえば、夢の中ででてきた生物は『あなたの水分このストローで吸わせてよー♪』などといって追いかけてきていたな。

ハヤク、ニゲロ。 ナニカイル。 コロサレル。

本能の警戒レベル最高値。凶悪殺人鬼に拳銃を突きつけられているかのような、「生命そのもの」の存在が脅かされている感覚。
なんか暗闇が恐いみたいでかっこ悪いと思い、耐えていた俺もとりあえず闇からの脱出を試みることを決定。
電気をつけようと全身の筋肉に指令を伝える。
エラー発生。筋肉が動かないことを発見。
あ、これがうわさの金縛りってやつですか。
初めての体験ですよ。うん。
こんなときでも能天気な俺は、ちょっとすごいと思った。

コロサレル。コロサレル。コロサレル。コロサレル。

どうやら俺の人生はこれでおしまいのようだ。
カーテンコールは天国から行うとしようか。
だがせめて、自分を殺す奴がどんなものか見てやる。
動かない筋肉を、心で強制操作。
俺をこれから殺す犯人を視界に捉えた。

そこにいたのは、
否、そこにあったのは、
ひとつひとつの粒粒がバスケットボールほどにふくらんだプチプチだった。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

視界に写るあまりに信じられない光景に思わず叫び声をあがてしまう。

刹那、窓が割れた。破片が腕につきささった。
俺の叫び声の振動数があまりにも多かったからなのか。

「大丈夫か ? 少年 ?」

そうではなかったようだ。
どこかで聞いた声。どこかで見た姿。
窓から不法侵入してきたのは、いつだかテレビのニュースで出ていた胡散臭いおっさんだった。
ニュースに出ていたときと違うのは革ジャンの代わりに白いコートを着ていること。
そして、右手に大きなハンマーをもっていることだった。

「うぉぉぉぉぉりやぁぁぁっっつぁ!」

気合一閃――――といえるのか、変な掛け声とともにそいつをプチプチへと振り下ろすおっさん。
ハンマーは一粒のプチプチへと、吸い込まれ速さ×質量のダメージを的確にあたえた。
空気の粒が、パンッという聞きなれた音を、破裂したのはいうまでもない。
鼓膜が破れてしまうほどの音だったが、おっさんはかまわず次々に巨大プチプチを潰していく。

いったい何キロあるのだろうか――――いかにも重そうな、まさしく鈍器といえる木槌<ハンマー>。
それをおっさんは軽々と四方八方振り回し、なおかつ縦横無尽に駆け回りながら叩き潰してゆく。
まるで、マンガの中の世界だった。

その姿をかっこいい、と思うのが普通であろう。
自分の命を救ってくれた英雄だと思うのも、普通であろう。
だが、おっさんはあまりにも――――その、『おっさん』過ぎて、あまり思えなかった。
命の恩人をただのおっさんとしか思えない自分が、少しだけ嫌いになった。

全てのプチプチを潰し終わると、おっさんはハンマーをくるくると回し決めポーズらしきものをとった。
多分、その顔と髪の毛の量のせいであろう。正直な所、あまりかっこよくなかった。

「少年……見てしまったな」

おっさんは決めポーズのままこう呟いた。
何故か、嫌な予感がした。

おっさんは振り向き、ハンマーを掲げ、俺に振り落とした。










続く?

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