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ブレダ・スミスは、新暦472年3月3日、ある大陸の南端に位置するヤンガ領の町フラーレンに、小さな農場も営んでいる農機具屋スミス家の三男坊として生まれた。その年は、あちこちで虹に似た発光現象が起こる度に人が消える事件が多発した年であり、原動機の普及が庶民にも実感できるようになった年であり、ヤンガ領に隣接するバンガニール領との様々な内燃機関の燃料となる晶石資源の鉱山を巡る戦いが終わった事を記念する戦勝パレードの年でもあった。
「高度文明化」を合言葉に、社会全体が次々と人々に魔法を披露する科学技術を神聖視する流れでも、"ド"がつくかつかないかといった田舎の町には、それほど関係のある話ではなく、人々が「新時代」を実感する瞬間といえば、晶石ラジオか、富を求めて次第に若者が減っていく町並みを見ることか、農業に原動機を用いた機械が用いられ始めたことくらいだった。頭が禿げていて、腰の据わらない――――いかにも小役人といった風情の町長だけが、『官製工場の誘致』やら『町を挙げた産業の創出』やらと口やかましく喚いているばかりで、人々の関心は、一向に今年の麦の出来栄えであったりした。
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初春の早朝独特の、生気に満ちた青空が、レンガ色の街を覆うように広がっていた。
都会独特の、微量の煤くささが混じった冷たい風を頬に受けて、ブレダ・スミスは目を覚ました。まだ眠りたい、と嘆く体を叱咤して立ち上がると、ここしばらく、ろくな物を入れていなかった腹が、ぐう、と間抜けな音を立てた。誰かに聞かれたか、という羞恥心に駆られ辺りを見渡すも、まだ朝早くに忘れ去られた公園跡地に居る者など、よっぽどの物好きか浮浪者以外に居る筈もない。本来どちらでもない、真っ当な市民を自認する自分が何故こんなところで寝ていたのか、という疑問が浮かびあがると同時に、「あぁぁ……? もう、朝かぁ……?」とのん気な声が上がった。寝起きの気だるさが抜け始め、次第に記憶の断片が意識の糸に繋がれてゆき、隣で寝ている友人の青年――――と呼ぶには、寝涎を垂らした寝起きの顔は甚だ情けなく、いかにも育ちのいい貴族の坊ちゃんくさいあどけなさが滲み出ていたが――――モーディール・ソヴィニエ・マッカートニーが全ての原因だという結論に達した。お世辞にも寝心地がいいとはいえない、固い芝生の上で一晩を明かしたせいか、体の節々が痛みを訴えている。
「おい、モーディ」
「ふわぁはぁぁぁぁぁ…………おお、ブレダ、おはよう……あ、なんでブレダが僕の隣で寝てるんだ?」
領内唯一の貴族大学に通う友人の課題論文の手伝いをしていた、